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埼玉県立歴史と民俗の博物館  

 
 

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ギャラリーとは、収蔵資料の中からテーマを定めて紹介するページです。
 
 
押絵羽子板
 今回は押絵羽子板をとりあげます。
 押絵羽子板とは、人形など様々な形に切り抜いた台紙に綿を乗せ、
 布でくるむ押絵細工で作った羽子板のことです。

 押絵羽子板は、江戸時代の文化文政期(1804~1830年)に作られるようになりました。
 当初は福の神、松竹梅などが題材となっていました。
 やがて庶民の最大の楽しみであった歌舞伎の俳優が題材にされるようになると、
 歌舞伎人気と相まって爆発的に売れるようになりました。

 羽子板は「不景気や不幸を跳ね飛ばす」といった意味合いを持つ縁起物です。
 人々は歳末の市で翌年の幸福を願って、これらを買い求め、また、女の子誕生の際には、初正月に贈りました。

 もともと押絵羽子板の多くは、東京、特に浅草や本所で作られていましたが、
 関東大震災・第二次世界大戦に伴い、東京の職人が春日部、所沢に材料を求めて、
 あるいは疎開を兼ねて移り住んだことから、埼玉県内でも大きな産地ができたのです。

 木地師・裏絵師・面相師・押絵師の分業によって作られる羽子板は、
 工芸的な面白さと美術的なセンスに富んだ細工物です。
 職人たちの粋を集めた技術の高さをご堪能ください。

このページに紹介している収蔵資料は常時展示していません。
 
『新篇武蔵風土記稿』版木(496点)

 

  『新篇武蔵風土記稿』は、江戸幕府が編纂した地誌である「新編武蔵風土記」全266巻を、
 明治政府が内務省地理局において明治17年(1884)に出版したものです。
 その出版・販売についての一切を、本県の大里郡胄山(熊谷市)出身の貴族院議員根岸武香らが一任されていました。
 『新篇武蔵風土記稿』は、武蔵国22郡ごとの各町村の沿革や地勢のみならず、
 町村内の旧跡や景勝地、社寺の境内図やその神宝・寺宝類について多くの挿図で紹介しています。
 
 今回紹介する当館所蔵の『新篇武蔵風土記稿』版木(496点)は、『同書』の印刷に際して、
 各所の名所風景や寺宝等の挿図として使用された版木と考えられるものです。
 当館所蔵の496点の中には、秩父郡域の挿図などは含まれていないものが多く、
 すべての版木が残されている訳ではありません。
 また、特徴として全体的に武器・武具を中心とする金工品類や古文書類についての
 図版や記載が多いことがあげられます。
 
 なお、当館では平成28年度から県の歴史遺産研究調査事業「『新篇武蔵風土記稿』総合調査事業」として
 『同書』所載の文化財等について総合調査を実施しています。

  
      『新篇武蔵風土記稿』と
   専用木製本箱
(SPM1988-0067-0609)
     『新篇武蔵風土記稿』の表紙と
      内容
(265
巻、付録1巻、目録1)

 

 

 

       
 
 
                       板木 高鼻村氷川之二                        板木 高鼻村氷川之三
 
 
  
 
 
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                      縹糸威最上胴丸具足 
 
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 ギャラリーとは、収蔵資料の中からテーマを定めて紹介するページです。
 
 今回は押絵羽子板をとりあげます。押絵羽子板とは、人形など様々な形に切り抜いた台紙に綿を乗せ、布でくるむ押絵細工で作った羽子板のことです。

 押絵羽子板は、江戸時代の文化文政期(1804~1830年)に作られるようになりました。当初は福の神、松竹梅などが題材となっていました。やがて庶民の最大の楽しみであった歌舞伎の俳優が題材にされるようになると、歌舞伎人気と相まって爆発的に売れるようになりました。

 羽子板は「不景気や不幸を跳ね飛ばす」といった意味合いを持つ縁起物です。人々は歳末の市で翌年の幸福を願って、これらを買い求め、また、女の子誕生の際には、初正月に贈りました。

 もともと押絵羽子板の多くは、東京、特に浅草や本所で作られていましたが、関東大震災・第二次世界大戦に伴い、東京の職人が春日部、所沢に材料を求めて、あるいは疎開を兼ねて移り住んだことから、埼玉県内でも大きな産地ができたのです。

 木地師・裏絵師・面相師・押絵師の分業によって作られる羽子板は、工芸的な面白さと美術的なセンスに富んだ細工物です。職人たちの粋を集めた技術の高さをご堪能ください。

このページに紹介している収蔵資料は常時展示していません。