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埼玉県立歴史と民俗の博物館  

 
 
季節展示「旅の楽しみ~駅弁~」担当学芸員インタビュー(全3回)
 
 
 
全国各地の駅弁の掛紙や弁当容器など、駅弁に関する資料を展示して大変ご好評をいただいている季節展示「旅の楽しみ~駅弁~」。
 
その担当学芸員が、今回の展示の開催に至る経緯から見どころ、そして駅弁への思いを語ります。
 
                                  
 
 
  展示担当学芸員 佐藤 美弥(さとう・よしひろ)
 
  インタビュアー:企画担当主任学芸員 内田 幸彦
 
    ■第2回 ■第3回

 
 
 

第1回

 -はじめに、今回の展示を担当された経緯も含め、簡単な自己紹介をお願いします。
 
佐藤: 展示担当の学芸員の佐藤といいます。専門は、日本の歴史、特に20世紀の文化を専門にしています。博物館では主に常設展示の近現代の部屋と民俗の部屋を担当しています。
 
もと当館の学芸員だった方が埼玉の駅弁のパッケージをはじめとしてコレクションしており、それがこの展示をやろうというきっかけでした。私が近現代の専門ということでこの展示を担当することになりました。
 
 
 -佐藤さん御自身の、駅弁にまつわる思い出をお聞かせください。御出身は秋田県とうかがいましたが、お勧めの駅弁はありますか?
 
佐藤: 私は秋田県でも南の方の出身なんですが、大学は東京でしたので、盆、正月は帰省します。秋田新幹線は皆さんご存じだと思うんですが、私は新潟経由で、上越新幹線で新潟まで行って、そこから羽越本線で秋田まで、いなほという特急に乗って帰ることがよくありました。
 
そちらのルートはすごく時間がかかるんですが、新潟から山形にかけての海岸線がとても綺麗で、夕方に通りかかると夕日が非常に綺麗なんです。その時、新潟の駅で売られている駅弁が結構好きで、よく買って食べていました。
 
「三新軒」というお店で、「小鯛寿司」という駅弁があります。小さな鯛の半身を酢でしめてお寿司にしたというもので、それが非常においしくてよく買って食べた記憶があります。
 
最近は秋田新幹線まわりで行ってしまうので買えないのですが、その私の好きな「小鯛寿司」のパッケージも今回出ております。
 
 
 -そもそも駅弁ってどんなものをいうのですか?
 
佐藤: これは難しいですね。「駅弁とは何か」というのは駅弁が好きなひとの間でも議論があるみたいなので……。ただ、もともと駅前とか改札の外ではなくて、駅構内で弁当を売ってもいいよ、という人が売ったもの、「立売営業人」というんですが、「立売営業人」が売ったものを歴史的に駅弁といっていたみたいです。汽車弁といったりもするみたいですが。
 
地方の特色のあるものが今、駅弁というふうにいわれているんですが、それが出てきたのはやっぱり戦後のことなんですよね。戦前は弁当かお寿司かサンドウィッチ、それが代表的な駅弁で、幕の内みたいなものですよね。あまり地方色を生かしたものというのは無かったようです。
 
やはり戦後に鉄道による観光が一般的なレジャーになることに伴って、その地方の特色を生かしたものがいっぱい出てきたんじゃないかという風に思います。
 
 
  
 -展示にはたくさんの掛紙が展示されますが、そもそも駅弁の掛紙って、何のためにあるのですか?
 
佐藤: なんのためにあるか、いつから始まったかというのは難しいんですが、駅弁は鉄道に駅構内で商品の販売を許可された「立売営業人」が売るお弁当をいいます。そのとき、例えば箱の大きさはどれくらいで、どういう品目がはいっていてっていう規則があるんですね。それで、たとえば価格とか、品名とか、誰が販売しているか、そういうものを表示しなければいけないっていうのも決まっています。おそらく掛紙に必要なものを表示するっていうような意味もありますし、あとは駅の特色を描く、やっぱり戦前のものをみても大宮でしたら氷川神社とか、そういう名所が描かれます。あとは交通案内。そういう意味と同時に、表示の意味もあるんじゃないかと思います。
 
 
 -古い駅弁の掛紙がこんなにたくさん残っているのは、どうしてですか?
 
佐藤: やっぱり駅弁っていうのは、皆さん旅行に行って食べるとわかると思うんですが、食べたら捨てちゃうものですよね。基本的には残らないものなんです。今回も偶然残ったというよりは、当館の元学芸員だった方がオークション等で一生懸命買い集めたと、そういう好事家たちが歴史の中でいてですね、そういう人たちが「集めよう」と思って趣味的に、興味を持ったからこそ残ったということかと思います。
 
大宮にも駅弁を売っていたお店が3軒くらいありまして、そのうちの2軒の方には今回お会いしましたが、売っていたお店でもそういう当時のラベルというのはほとんど残っていないということでした。
 
 
 -駅弁掛紙のコレクションや、駅弁趣味というものは、いつ頃からあったのでしょうか?

佐藤: 駅弁のコレクターが何人か本を書いています。今回もおおいに参考にした『駅弁学講座』を書かれた小林順信さんの伯父さんという方は、戦前にすでにコレクションしていたそうです。「駅弁」の名のつく本が出版されたのは戦後、昭和30年代のことで、そう古くはないと思います。駅弁多様化の時代と同時期ではないでしょうか。
 
 
 
 -掛紙のデザインの特徴やよく用いられる題材(汽車?)、地域的な特徴や時代的な変化などはあるのでしょうか?

佐藤: 意匠面では戦前、駅弁が定着してきたころからのもの、大正期から戦前のもというのはその土地土地の名所、特に神社仏閣のようなものですね。埼玉のものだと大宮の氷川神社とか、熊谷だったら熊谷寺とか、そういうものがよく取り上げられていて、そういうメインになるビジュアルがあって、あとは箇条書きで神社仏閣、名勝、山とか川とかそういうものが書かれているというのが代表的な図柄だと。あと路線図もあったりしますが。
 
それが戦後になってきますと、まだ戦後の最初、1940年代、1950年代くらいですとやっぱり名所が描かれるんですけど、埼玉だと大宮の業者の特徴なのかもしれませんが、氷川神社だけでなくほかの名所も小さな絵が散りばめられている、それは弁当の掛紙が大きくなるのもあるのかもしれませんが、野田のさぎ山とか国鉄の大宮工場とかですね、そういうものもあります。
 
そういう時代が続くんですが、それが内容が凝る、「普通弁当」から「特殊弁当」にかわってくる。駅弁の世界の用語で幕の内とかお寿司とかそういうものは普通弁当といって、それに対して特産の食材を使ったものを特殊弁当というらしいんですが、特殊弁当の方がメインになってくるとやっぱり食材をメインに押し出したビジュアルになってくるというんですかね、カニ飯だったらカニの絵を描き、牡蠣飯だったら牡蠣の絵を描き、牛肉弁当だったら牛の形をしたお弁当になってくると、そういう変化があるんじゃないですかね。